寒河江の歴史

開山約1300年の東北随一の巨刹

慈恩寺

724年行基によって見い出され、
聖武天皇の勅によって
創建したとされます。
平成26年度には、
国史跡に指定されました。
江戸時代には東北随一の
御朱印地を有し、
院坊の数は3ヵ院48坊に
達した巨大寺院です。

大江氏と寒河江

寒河江市は中世、大江氏が築いた寒河江城の城下町として発展しました。
鎌倉幕府で源頼朝の側近だった大江広元は、1189年寒河江荘の地頭となり、
当初は妻の父である多田仁綱を派遣し現地を治めていました。
しかし承久の乱で上皇側に付いた為、現在の寒河江市へ下向し土着し、
以降約400年の間周辺を支配します。
1584年山形城主・最上義光とのに戦に敗れ自害し、寒河江大江氏は滅亡しました。
大江氏は文化的事業のも力を入れ慈恩寺や寒河江八幡神社などを庇護し社殿の造営や改修、
土地の寄進など積極的に行いそれらは寒河江の貴重な文化財として今でも受け継がれています。

寒河江城跡

寒河江八幡宮

澄江寺

旧西村山郡役所

長岡観音(長念寺)

寒河江公園